素晴らしい演技と、例えようのない寂しさと

長瀬智也主演のドラマ『歌姫』はラスト前、第十話〜一世一代の感動的なプロポーズ〜。
が、しかし、太郎ちゃん(長瀬智也)は鈴(相武紗季)にプロポーズをすることはないでしょう。第九話で、記憶の混濁を喜んでいた太郎だけれども、美和子さん(小池栄子)の突然の帰京に責任を感じる太郎と、子どもの存在に眠れなかった鈴。どこまでも、時間はこの3人に意地悪をするようで悲しい。
そんな二人の悩みとは関係なく太郎と鈴の応援団、ジェームス(大倉忠義)やゲルマン(飯島ぼぼぼ)たちは明るく、太郎が土佐清水に残るお祝いの相談をしたり、泉の婿さんもすっかり岸田家に馴染んでいる。なんだか時空が歪んできているのだ。
あの岸田家の夕食の場で再登場した歌合戦の勝者、芥川(秋山竜次)は、昭和の歌姫と、何らかの関係があるんだと思わせぶりな存在で、すっかり忘れていたのに、長い伏線だった。のかしらん?
鈴を幸せにしたいクロワッサンの松(佐藤隆太)は鈴に「極道は大嫌い。帰ってください」とあっさり振られて大ショック。その後、メリーさんのところで飲む二人の会話は、いくら記憶を無くしていたからといって、戦後10年経って、広島のピカを知らないという設定には納得がいかない。太郎だって新聞ぐらい読むし、映画の時事ニュースは見ているのに。。
太郎へのラブレターを捨ててしまおうとした鈴と、プロポーズをしようとした太郎。あそこで太郎の気持ちを分かりながら素直に受け入れられなかった鈴の気持ちが可哀想にも思えるし、血まみれになりながらも、鈴への思いを伝えに来たクロワッサンのあほなまでの真っ直ぐな気持ちも。。
結局、太郎は鈴へのプロポーズをするために、粗筋を太郎が考え、ジェームスが手直しをする台本を作ることになるのだけれど、その間の二人のやりとりは、まるで吉本新喜劇を見ているよう。太郎ちゃんが食べ損ねた鈴のカレー。最後にきちんと向き合うことが出来なかったカレー。実際、長瀬が大好きなカレーがこんなにドラマの中で存在感を示すとは。雪駄を片方しか履いていないのにも気づかない太郎ちゃん。可愛すぎるキャラであるのにね。
みんなの憩いの場、バーメリーのメリーさん(遠山景織子)は妊娠するも、ロシアが東京へ行かれてしまったことで身を投げようとし、それを助けようとした太郎は崖から足を滑らせ、捨てようとした懐中時計だったのに…。
その後、鈴に見つけられて目を覚ましたのは、四万十太郎ではなく、及川勇一。周囲からも将来を嘱望されたその人の、その目と顔つきでした。もうゾクゾクっとして、鳥肌がたってしまいました。長瀬智也の見事というしかないその演技。もう「自分は…」と一言を発する前に、全てを分からせてくれました。